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33回目。

暦の上ではDecemberですね。(あまちゃん)
とか言うより先に もう12月も1/3が過ぎてしまいました。毎月『11日』がやって来る度に思うことですが、12月のそれはまた特別な猛スピード感。滞る毎日に遠慮なく、今年が暮れてゆく...!!


先日、★浜地区の防潮堤ミーティングに参加してきました。
町の宝物である大谷海岸の場合とはまたちょっと違った、★浜の海の話。

去年から何度もブログにも書いている通り、大谷海岸の防潮堤については何度かミーティングに参加させてもらい、その度にいろいろなことを考えさせられる機会を得ました。
けれど、知らないことはまだまだたくさんあるのです。

そもそも、我が★浜地区の海岸整備は 県(国?)の防潮堤計画とは別口って、知りませんでした。
あの “有無を言わさず作るったら作ります!!” みたいな腹立たしい防潮堤計画 (三陸沿岸に巨大で長大な防潮堤を造るってやつ) と違って、★浜の場合は作っても作らなくても良いそうで。

え?? そうなの??
じゃあなぜすでに『作る前提』な空気なの??

って話です。

海岸に面している市町村はたくさんありますが、その土地の産業や地形などによって被害の状況や復興の進度は様々です。
防潮堤についての各地の協議は地元紙で取り上げられることも多く、ある地域では 住民も県も譲らずに進まない とか、別の地域では 何mに修正して住民合意した とか、てっきり、どこの地域も一様に『提示された高すぎるコンクリートの壁を何とか回避しようとしている』のかと思っていました。(あくまで私の個人的な印象ですが )

★浜の海岸には 9.8mの防潮堤が提案(??) されていますが、もともと防潮堤があった地域ではないので、大谷海岸などの場合と違って、もし地域住民が『不要だ』と判断した場合は作らないという選択肢もあるのだそうです。

知らなかった!!

私のまわりには『防潮堤なんていらない』と言う人も多いですが、みんなは知っているのかな?回避できる可能性があることすら知らないなんて、もったいない!

巨大防潮堤事業の中に含まれる地域も、 ★浜のようにそうではない地域も、どちらにしても、地域の人がみんなでよく話し合って 望む形を模索していかなければいけないことに違いはありません。
みんな、全く関心が無いわけではないと思うのに、ミーティングにはなかなか人が集まらないのが現状です。私自身も毎回参加できているわけではないのですが、今回はおもしろいお話も聞けたので、やっぱり参加して良かったと思いました。

アンケートやミーティングで集まった たくさんの意見は、似ているもの・真逆なもの・具体的なもの・ぼんやりした希望論... 本当に様々あって、それをまとめて集約していく作業はとっても大変で、でもプロ ( ★浜メンバーには大学の先生がいらっしゃいます) のまとめ方がとても興味深くて、自分も物書きするときに真似しようかと思うほどおもしろかったです。

ほんとはおもしろいとか言ってる場合じゃないんですけど...

海が見えなくなるような、高いコンクリートの壁のような防潮堤は、正直 ★浜にも作ってほしくありません。
でも『絶対に作ってほしい』と言う 浸水地域に住む方の意見を聞くと、簡単には『要らない』なんて言ってしまえないのも実情です。

『合意』って一体何だろう??

話し合うことは大切だけど、本当は話し合って結論が出ることではない気もします。
全員が全員納得して答えを出すのは、きっと無理なのです。

でも、その無理な議論をすることに 意味はあると思います。
『作られた』じゃなく、『作った』とか『作らなかった』とか、自分たちで意志を持って決定したいよね、と言った先輩の言葉が全てだと思います。

シリアスな話だし、楽しいだけじゃないし、『よくわかんない』とか『どっちでもいいよ!』でやり過ごす人も多いと思いますが、その『よくわかんない』を言いに来るだけでも良いんじゃないかと思うのです。
★浜だけじゃなく他の全ての海岸地域で、もっともっとたくさんの人が 自分たちの住む海のことに向き合って行けたらいいな と思います。


個人的には、『防潮堤に頼らずに ★浜の地形や生活環境を生かして 海岸をデザインする』という考え方がとてもおもしろかったです。

例えば、防潮堤を作らずに 沖に岩(?)を沈める。それは岩礁となって、海藻や貝類などがよく育つ環境になる。そしてなおかつ、消波ブロックのような役割をして 津波が岸に辿り着く前の段階で衝撃を和らげてくれる。というアイディア。減災・環境保全・産業活性化の一石三鳥!
そんな上手くいくのかな、とも思うけど、そんなことができたら素敵だな!とも思います。

防潮堤をタイトルに掲げるミーティングでも、もしかしたらそこをキッカケにそんな全く違う(わくわくするような) 方向へ広がることがあったり...
したらおもしろいのにな!!!

私がここに書くと途端に夢寄り発言にしか聞こえなくなりますが、実際にミーティング参加してみると、『自分たちの住む地域のことを考える』って、意外と楽しいことです。


こんなことを延々と書いていると、また
『アツいな!』とか『長ぇよ!』とか笑われそうですが、そう思われても良いのですが、ちょっぴりでも共感してくれる方がいたらいいな と思って書いています。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。

大げさでも何でもなく、海の側で暮らす私たちの、現実のお話。

32回目。

日毎に気温が下がって、一気に冬の匂いが濃くなってきました。32回目の『11日』です。

ものごころついた頃から 小さな地震は日常茶飯事 という地域に暮らしていますが、3.11の後しばらくはサスガに余震にも敏感になっていました。
2年経って、今は震度1~2くらいではあまり気にならないように戻りましたが (まだまだそうでない方もたくさんおられますが) 、やっぱり 地鳴りがしたりキジが激しく鳴いたりすると『ん⁉︎』と身構える感じは無くなりません。というか、無くなってもいけないんだろうとも思います。

今もし大きな地震が来たら、被害を最小限に抑える準備は万全だろうか?食器棚の戸を閉めておくことや、本を適当に積んで置いたりしないことや、非常用バッグの中身を常にチェックしておくことや。
一時期よりも意識が緩んでしまっていることがたくさんあるなぁと気付いて、心に留め直す冬の初めです。

...というか、実は今度家の耐震診断をしてもらうことになりまして、専門家の方に家の中を全部見ていただくために 大お片付け大会の真っ最中なのでした。

家の中で 一箇所だけ、小さな地震でもやたら揺れるところがあって、前々から一度診てもらおうと言っていたのです。
...私の部屋の本棚が重すぎるせいだったらどうしよう...(ー_ー;)

全部屋見てまわるとなると、“一旦この部屋に押し込めとこう☆(^ε^;)” とかができなくて (当然) 否応無しに片付けなければいけないので困るのです...。
私の部屋... どう考えても物が多い... 明らかな重量オーバーで絶対注意されるだろうな...

どれも必要なもの、と思って置いているつもりの物たちも、本当に一つ一つと向き合ってみれば きっと大事なものはもっとずっとシンプルなハズで、うまく取捨選択できずに物であふれかえる私の部屋は 自分自身が投影されているんだろうな と、いつも思います。思い切ってザクザク処分したら、思考回路もスッキリする...のかもしれない。

耐震診断で怒られたら(怒られる前提)、年末の大掃除前倒しで処分祭りしようと思います。
そしてせっかくのキッカケなので、改めて身近な防災を心がける良い機会にしたいと思います。

31回目。

きのうまでの 季節外れな蒸し暑さも少し和らいで、今日は久しぶりにしっとり秋の空気、雨模様の『11日』でした。

先月の“11日日記”からたった2回しか更新していなかったことに今気付きました…!もはや留守ブログ…
9月のまとめ日記も書けていないままなのに今月も盛りだくさんな予感です。たぶんキャパ以上のことを詰め込み過ぎるから ブログにまわす余力が無くなってきたんだろうな…(そして前回の日記に続く。。。)
落ち着いたらまたコマメに更新したいです。



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このブログに何度も書いている海散歩道(ただの海沿いの田舎道&漁港ですが)
現在復旧工事の真っ最中です。

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震災で崖が崩れたりアスファルトが剥がれたりしてガッタガタになっていた★浜の海岸通り、近くに仮設住宅もできて車の通りも増えたので 危ないなぁと思っていたのです。

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修復が必要な道路は各地にまだまだたくさんある中、★浜もきれいにしていただいてありがたいです
でも、地盤沈下の影響で 大好きだった磯場が無くなってしまったのがとても悲しい(;_;)

ここの漁港は見た目の被害が少ない方だと思うのですが、震災前の海散歩の写真を探してみたら、なんだかちょっと、昔の方が海が無邪気な印象でした↓ 気のせいかな…

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海に限らず、いつの間にか、 “傷痕込みの現在”の景色を見慣れて、それが当たり前になっていくのかもしれません。
それは日常を取り戻していくことでもあるような、寂しいことでもあるような。

傷ついた分だけをただ元通りに復元するのではなく、みんなが一番つらかった頃に思い描いていた希望や願いを反映するように、立ち直っていけたら良いのにな と思います。
景色も、人も。

30回目。

東日本大震災から二年と半年が経ちました。“11日”日記も30回目になりました。早い…。

この二年半の間に、沿岸の景色は少しずつ少しずつ変化を重ねてきました。
震災で無くなったもの、残ったもの、再建されるもの、取り壊されるもの。
その変化の一つ一つが、切なさや やりきれなさも内包するものだったのだと思います。『景色が変わること』が、これからの街にとって人々にとって より良いものになりますように と、願わずにいられません。

ふとそんなことを考えたのは、そんな“変わる景色”の最たるもの・津波によって市街地まで運ばれた大型漁船が、ついに解体されることになったからです。

海から離れた住宅地(今は基礎だけが残る平地になってしまっていますが)に、突如現れる巨大な船体は、それだけでもう 震災の規模や恐ろしさを体現する圧倒的な存在感を持っていました。
だから この街からのテレビ中継ポイントにもなっていたし、県内外から訪れる人が必ず立ち寄る観光(なのか??)スポットにもなっていたし、
けれど
その存在の大きさは、同時に 地元の人にとっては震災を思い出させてしまう傷痕の象徴でもありました。

日に日に傷んで危険性も増す船を、一日も早く解体・撤去するか、震災遺恨として保存するか、議論はなかなか結論が出ずにいましたが、7月の日記にも書いた住民アンケートの結果、多くの市民が保存を望まないという現状が明らかになり、今週、ついに解体作業が開始されたのでした。

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遠目からでもわかる大きな船体は、近付けば触れることも可能でした。

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今はもう、工事のための囲いが施されて

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船の全体を見ることも、

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側に近付くこともできなくなっています。

今まで何度も通っていたのに、工事が始まる前にもっとちゃんと写真を撮っておけばよかったなぁと思いつつ、なかなかそうできずにいたのも確かです。
今日も、たくさんの人がカメラを向けていました。

震災後から、この街のアイコンとしてたくさんのメッセージを発信し・受け取る場所として在った 満身創痍の共徳丸。今までお疲れさまでした。『ありがとう』を言うのは違うのかもしれませんが、船に宿る魂も、船を見る度に悲しい感情を抱いてきた方々も、これからはどうか安らかに居られますように。


花を手向け手を合わせる人の姿、
カメラやマイクを携えた報道陣の一団、
道路と同じ高さに揺れる海面、
工事車両で混み合うガタガタの道路、
あちこちに出来た復興商店街。

いつの間にか、イレギュラーなものではなく日常の景色になってしまった光景。

その傍らで、変わらない青い眺望と 海の匂い(“潮の香り”とかいう素敵な類のものだけじゃなく、港周辺特有の“漁業臭”込みの匂い)を ことさら強く感じた、30回目の『11日』でした。

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29回目。

夏祭りの季節です。

震災前は8月の第一日曜に開催されていた地元の『港祭り』は、震災後、鎮魂や慰霊や復興祈願や、いろいろな意味を込めて(たぶん)、11日に合わせて開催されています。今夜は 沿岸の街何カ所かで一斉に花火が打ち上がって、きのう・今日と開催された今年の港祭りもクライマックスです。

今年は花火を見に行かなかったので、遠くで音が鳴るのを聞いていただけでしたが、きのうは未だかつてないくらいに祭りに参戦してきました。いやぁ楽しかった…!楽しかったことが嬉しかったです。
街に溢れるたくさんの人たちが、街そのものが、『祭り』の空気を楽しんでいる感じが好きです。

『港祭り』は、今は本来の開催場所である“港”での開催ができなくなってしまっているけれど、どんな状況でも開催して盛り上げよう とか 参加して楽しもう とか、そういう前向きな気持ちを一斉に煽ってくれる気がします。
震災後にボランティアに来てくださったことがご縁での参加となった県外(というか全国各地)の団体さんもいらして、またそこで繋がりが生まれる大切な場なんだなぁとも思います。

張り切る気持ち、繋がるご縁、懐かしい再会、少しの寂しさ。
歌って躍って飲んで話して。
熱いお祭りムードが、これからの先の長い 街の立て直しへ向けて、良い景気付けにもなりますように。

…なんてね… そんな単純なものではないことは、わかっているのですけれど…。

それでも、花火の余韻が残る夜空にお願いしたくなるような、夏、29回目の『11日』です。
 

28回目。


きのうまでの酷い暑さが少し緩んで、薄い雲の裏側から差す光が、静かに降る雨を 憂鬱とは別の色に見せていました。
28回目の、『11日』です。

今月に入って、津波避難等に関する市民アンケートが配られました。
アンケートの中には、震災後にすっかり“被災地・気仙沼”のアイコン的存在となってしまった第18共徳丸(街に打ち上げられた大型船)の保存・解体について問う項目もありました。…が、何が正しい解決策なのかは、正直わかりません(+_+)。

そこに在ることの違和感だけで、見る人・近づく人に津波の規模や破壊力を伝えることのできる、共徳丸。震災を後世に伝えるモニュメントとしては最適の存在感だと思います。

でもそれは、本来在るべきではない場所へと流れ着く過程で 街を破壊した張本人でもあって、街を失った大勢の方々の気持ちをこれから先 ずっと逆なでし続けるのも…どうなんだろう?とも思う。。。

何より、海の上でコンディションを整えるように出来ているものを陸上で管理するのは、とても大変なんだそうです。解体にも保存にも、莫大な費用がかかります。

何度も議論がされて、船主の意向で解体予定となっても今なお、賛否両論議論が終わらない…
『震災』はまだまだ続いているなぁと、改めて思います。

共徳丸のことだけでなく、地震・津波に対する備えや避難意識に関しても、アンケートに答えながらハッとしました。この期に及んで ちゃんと準備できていないことがいっぱいです…。非常用持ち出しバッグの中身もきちんと定期的に更新させなくては!
『11日』を意識しないと忘れがちになってしまうことが、我ながら毎回情けないです。


本当は 今日の日記には、だいぶそれらしく出来上がってきた★浜のコミュニティーセンターを写メって載せたかったのですが、断念しました。雨が降らないうちに撮っておけばよかった…失敗です。

気まぐれな天気にまんまと翻弄されるモヤシっ子、急な温度変化にヤラレタのか単に夜更かしのせいなのか、今日は庭の花を撮るので精一杯だったので、センターの写真はまた今度、お天気と体調が良いときに撮ってこようと思います。

久しぶりの更新なのに(11日日記なのに)ちゃんとした記事が書けずにすみません…(>_<)
早起きして朝の涼しい時間を有効に使おう とか、毎日ノルマを決めてやりたいことを片っ端からこなしていこう とか、全ては体調が万全であってこそだなぁと、つくづく身にしみます。
暑さ寒さに弱すぎるのを何とかすることも、災害対策の一つかもしれない…

しかし私も大概虚弱ですが、最近のお天気もだいぶおかしいよね!!
明日はぐっと気温が下がるようなので、みなさんも体調管理にはお気をつけてくださいな。私も気を付けます。
 

『11日』カテゴリ追加しました

今までに書いた“11日”の日記をまとめて《『11日』日記》のカテゴリに入れました。
震災から時間が経って、すっかり元のショボ日記に戻った当ブログですが、毎月11日は、震災のことや復興のことなどを書こうと決めています。
そういうの、『めんどくせぇな(-"-)』とか『読みたくないな…(´`)』という方は、もちろんペロッと流して下さってかまいません。(流すのが“ペロッと”で合ってるのかわかりませんが)

少しでも思いを寄せてくださる方や、こちらの現状が全く身近じゃなくて実感のない方に、読んでちょっとでも思い出してもらえたらいいなと思って書いた日記たちです。自分自身が忘れないために、でもあります。これからも、出来る限り続けていこうと思いますのでお付き合いいただけたらうれしいです。

ちなみに2年前は、夏くらいまでほぼ毎日が震災関連の日記だったわけですが(それが日常だったので当たり前ですが)、それらはキリがないので『11日』日記には含めませんでした。
当時の日記は“記事”であると同時に“記録”なので、自分が見やすいように と 2012.3.11の日記にまとめてリンクを張っています。万が一、興味があるという奇特な方がいらしたら、こちらからご覧になってみてください。

もしかしたら(いや きっと)、同じことを何回も書いてしまっていることもあると思いますが、そのときは、“また同じこと思ったんだろうな〜“と、スルッと流していただけるとありがたいです。そこはスルッとね。

27回目。

東日本大震災から2年と3ヶ月経ちました。2年前のこの時期は、震災後に待ちに待った水道がやっと復活した頃で、当時の記憶の中でも特に印象に残るシーンの一つです。
あんなにも水のありがたみを痛感する経験をしたのに、日々の暮らしの中ではすぐに感覚が鈍りがちです。ふと思い出す度に、『あ、水は大切に使わなくちゃ』と心に留め直して、そしてその“ふと思い出す”ことの頻度が落ちないようにいたいなと 思う、27回目の 『11日』です。

先日、震災前の三陸の海岸線を撮った動画に出会いました。ツイッターで流れてきたのを何気なくメモに入れておいて、後からパソコンで見たのですが、ただの国道からの景色ではなく(※この辺り、国道が海岸線沿いに走っていることが多いです)、海側へ入る横道という横道を片っ端から全部通って撮っている というものでした。なんと行き止まりでしかない小さな漁港などまでも映っているのです。
国道から海側一帯を主とする我が★浜地域ももちろん、というか私の散歩道もガッツり映っていました!驚いた!!
そして何より、被害が大きくて本当に景色が変わってしまった地元民の心のホーム・大谷海岸の周辺が、懐かしくて切なかったです。でも見れてうれしかった :゜・+。(*;∪;*):*・'+,。

動画のアドレスはこちら↓
http://www.youtube.com/playlist?list=PLF2A20F07635CD5E3

三陸だけでなく太平洋沿岸を広く網羅していて、全部を見るのはなかなか難しいと思いますが、数分ずつに区切ってあるので見たいところだけピンポイントで見るのも良いと思います。すぐ近くでも知らない景色もありました。震災前に見ておけばよかったな…

ツイッターをやられる方は、SenbaMasaki @SenbaMasaki さんという方のページからも飛べるので ぜひチェックしてみてください。
ガチャガチャに傷付いて、その後がらんと均されて、そして少しずつ景色を取り戻しつつある海沿いの景色ですが、在りし日の姿を、知っている人にも知らない人にも見てもらえたらうれしいな と思います。
(あくまで個人的な感慨なので…共感できない方がいらしても すみません としか言えませんが…すみません…


26回目。


今日は朝から雨で、時化寒い一日でした。初夏の青空の下では明るく咲き誇るような庭の花も、ちょっぴり表情を曇らせる 26回目の『11日』です。

地元の若い世代が中心となって、“これからのまちづくりを考えていこう”という勉強会が発足さていることを、以前にもブログに書きました。
先日、そのメンバーと話す機会があって、話題は次第に この地域の復興へ向けての一番の懸念事項(私的に)、防潮堤計画についての話へ。

宮城県の各沿岸地域には、震災前よりもはるかに高い防潮堤の整備が計画されています。あれだけの被害を受けたので当然の方針なのかもしれませんが、それはイコール、町の象徴だった海水浴場や 港町ならではの景観を犠牲にすることを意味します。

私のまわりでは、防潮堤の整備よりも海岸の復活を望む声の方が圧倒的多数のような気がするので、実際そこに住む人の声を聞かずに計画が推し進められることがどうも腑に落ちません。

戻りつつある砂浜をコンクリートで埋め固めて、城壁のように高く無機質な海岸線を作っても、何十年か何百年かもしれない次の大津波までの毎日を、その劣化していく無愛想な壁のメンテナンスをしながら過ごすことになるのです。

それよりも、海岸&砂浜を残す形で防潮堤は内側にセットバックして、高さもバカみたいに釣り上げずにある程度は景観を保てる高さに修正して、代わりに木々を植えて欲しい。
月日が経つにつれて劣化して維持が困難になり、しかも壊れたら瓦礫となり果てるコンクリートの壁と違い、樹木は月日が経つにつれて大きくなり広く根を張り強固な壁となります。折れても枯れても自然に還ってくれるものです。

コンクリートの壁に囲まれて暮らすのと、木々に囲まれて暮らすのでは、その町自体のモチベーションが変わってくるんじゃないか とさえ思います。

もちろん、これは専門的な知識も何もない ただの一市民である(田舎育ちの)私個人の“願望”です。
でも、家族や職場や、このまちづくり勉強会や、いろいろなところでいろいろな人と話をするうちに、『海岸がなくなるのは嫌だなぁ』という漠然とした想いから、『じゃあどうなったらいいかな?』と、一段先へと向いた願望でもあります。

こんな風に、誰でもどこの地域でも、考えたり話したりすることで様々なアイディアが出たりビジョンが広がったりすると思います。
一口に『宮城県沿岸各地域』と言っても、それぞれの地域で守りたいものや発展させたいものがあって、優先順位も違っているはずです。

それを突き詰めて答えを導き出すまでの“考える時間”さえも与えずに、どの地域も一律『高い防潮堤を作る』で強行突破されることが、どうしても理不尽な気がしてならないのです。

先日の集まりでは、『海岸がなくなるのは嫌だ』→『じゃあどうしたいか・なりたいか』、から さらに一段進んで、『その実現のためにどういう行動を起こしたら良いか』という話がされていました。

普段、世間話としてこういう話をすることはあっても、それを具体化していくための協議 という形になると、たくさんの人に参加してもらうのはなかなか難しいことです。
実際、私も運営委員には入らずに気まぐれで時々参加させていただいている身分です。

でも、意外と楽しいよ?
と思うので、こうして何度もブログに書いてしまいます…!

もちろん、参加したくない人に無理強いはしません。でも、興味はあっても参加するには至っていない人や、ちょっと様子を見てみたいだけの人も、『海岸がなくなるのは嫌だよね』と賛同してくれるだけでも、何か変わることはあるんじゃないかなぁと思うのです。

“理想と現実は違う”とか、“今さら意味がない”とか、そういう意見もあって良いと思います。むしろ、ポジティブな理想論をバッサリ斬るような別角度からの意見を持った人も、それを言うために参加してくれたらいいのに!と思います。

これから起こそうとしている小さな行動が、本当にムダになるか もしかして突破口にできるか、それさえこれから方向を見つけていくことなのに、動かないのはもったいないなと、
何とか良い方向に転換できるようにがんばっているみなさんと話して、強く感じました。とてもおもしろかったです。

『可能性』って、良い言葉だな!:゜・+。:*・'+,。


…なんつって。

なんだか持論のように偉そうに書いてしまいましたが、そして話が逸れ気味になりましたが、たくさんの人と話して思った私個人の考えなので、あしからず。

震災や復興に関してはデリケートな(?)テーマなので、様々な考え方があって当然だと思います。これを読んで不快に思われた方がいらしたらすみません。

けれど、そんな私の独り言に一人でも共感してくれる方がいたらいいなと思って、ちょっぴり真面目に書いてみました(^_^;)
楽しい町おこし談議に参加してくれる方、募集中です。
(実際は飲み会です…!)
 

25回目。


以前にも紹介したことがある『ストーリー311』。
震災の体験やその後の被災地の現状など、11人の漫画家さんたちが実際に被災地に赴いて、現地で自ら取材をして、一作一作丁寧に描かれたノンフィクション漫画です。

初版の発行部数が少なめだと聞いて地元の本屋さんに取り置きをお願いして買いました。
もっとたくさんの人に読んでもらえたらいいのに!と思っていたら、その後増刷が決まったそうなので、そろそろ本屋さんで見かけることも増えるのではないかと思います。よかった!(^-^)

月日が経つにつれて、漫画や体験記や写真集や、あらゆるジャンルでたくさんの震災関連本が発売されていますが、実際にどれくらいの人が手にとっているのでしょう?
地元の本屋さんでは常に売り場の一角が広く特集コーナーになっていて、うちでも何冊か買いましたが、これが自分たちも被災した地域だからなのか 全国的なものなのかがよくわかりません。
被災地から遠く離れた地域、 例えば『え?まだ仮設住宅に住んでる人いるの??』とか平気で言ってしまえるような地域では、どんな感じなのかな?と思うことがあります。(※ちなみに仮設住宅から引っ越しできている方々はまだまだごく一部ですよ)

今まで、神戸や新潟での震災のときに私自身もそうだったように、被災地のことを心配はしても 社会問題として向き合うことまでは、なかなかにハードルが高いのではないかと思います。

なので、この本は“震災が身近じゃない人たち”にこそ、ぜひ読んでもらいたい一冊です。
そういうハードルを、ちょっと下げてくれている気がするのです。

と言ったら語弊があるのかもしれませんが、押し付けがましい内容ではないし、変にドラマチックに盛っているわけでもないし、シリアスな現状も前向きな兆しも全部本当のことだし、何というか、読む人とこちら側(被災地側)との距離を縮めてくれるんじゃないかと思えたのです。

WEBで掲載されてからの後日談や作家さんそれぞれの書き下ろしページがまた、とても素敵でした。みなさんが真摯に向き合って執筆されたんだなぁというのが伝わって、“漫画家”ってすごいなぁと思ってしまいました…。

発起人のひうらさとるさんをはじめ、東村アキコさん、末次由紀さん、新條まゆさん、おかざき真里さんなど、執筆陣がとても豪華なので、それを目当てに読むだけでも良いと思います。
さらりと読めるけれど、ちゃんと『伝わる』本だと思うし、売り上げは寄付されるそうなので、たくさんの人に手にとってもらえたらなと思って紹介させていただきました。

本の中で作家さんたちが口を揃えて『実際に行ってみよう』と言ってくださっているのがとてもうれしかったです。
被災地に住む一人としても、漫画好きの一読者としても、ありがとうを言いたい本でした(´U`):゜・+。:*・'+,。


*家族にも勧めたところ、父は読んで『良かった』と言ってくれましたが、母は序盤ですでに『泣いちゃうから待って』と言って休止中です。
決して悲しい本ではないのですが、辛い気持ちも温かい気持ちも、思い出したり共感したりしてしまうと思うので、実際に震災を体験した方は、自分の気持ちと相談しながら 無理せずゆっくり触れるのが良いのかもしれません。私も読む度に泣いています(;∪;):゜・+。:*・'+,。
 
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大原彩

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