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30回目。

東日本大震災から二年と半年が経ちました。“11日”日記も30回目になりました。早い…。

この二年半の間に、沿岸の景色は少しずつ少しずつ変化を重ねてきました。
震災で無くなったもの、残ったもの、再建されるもの、取り壊されるもの。
その変化の一つ一つが、切なさや やりきれなさも内包するものだったのだと思います。『景色が変わること』が、これからの街にとって人々にとって より良いものになりますように と、願わずにいられません。

ふとそんなことを考えたのは、そんな“変わる景色”の最たるもの・津波によって市街地まで運ばれた大型漁船が、ついに解体されることになったからです。

海から離れた住宅地(今は基礎だけが残る平地になってしまっていますが)に、突如現れる巨大な船体は、それだけでもう 震災の規模や恐ろしさを体現する圧倒的な存在感を持っていました。
だから この街からのテレビ中継ポイントにもなっていたし、県内外から訪れる人が必ず立ち寄る観光(なのか??)スポットにもなっていたし、
けれど
その存在の大きさは、同時に 地元の人にとっては震災を思い出させてしまう傷痕の象徴でもありました。

日に日に傷んで危険性も増す船を、一日も早く解体・撤去するか、震災遺恨として保存するか、議論はなかなか結論が出ずにいましたが、7月の日記にも書いた住民アンケートの結果、多くの市民が保存を望まないという現状が明らかになり、今週、ついに解体作業が開始されたのでした。

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遠目からでもわかる大きな船体は、近付けば触れることも可能でした。

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今はもう、工事のための囲いが施されて

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船の全体を見ることも、

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側に近付くこともできなくなっています。

今まで何度も通っていたのに、工事が始まる前にもっとちゃんと写真を撮っておけばよかったなぁと思いつつ、なかなかそうできずにいたのも確かです。
今日も、たくさんの人がカメラを向けていました。

震災後から、この街のアイコンとしてたくさんのメッセージを発信し・受け取る場所として在った 満身創痍の共徳丸。今までお疲れさまでした。『ありがとう』を言うのは違うのかもしれませんが、船に宿る魂も、船を見る度に悲しい感情を抱いてきた方々も、これからはどうか安らかに居られますように。


花を手向け手を合わせる人の姿、
カメラやマイクを携えた報道陣の一団、
道路と同じ高さに揺れる海面、
工事車両で混み合うガタガタの道路、
あちこちに出来た復興商店街。

いつの間にか、イレギュラーなものではなく日常の景色になってしまった光景。

その傍らで、変わらない青い眺望と 海の匂い(“潮の香り”とかいう素敵な類のものだけじゃなく、港周辺特有の“漁業臭”込みの匂い)を ことさら強く感じた、30回目の『11日』でした。

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