スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

6回目。


東日本大震災から、今日で半年経ちました。
仙台で例年通り開催された 定禅寺ストリートジャズフェスティバルに行ってみようかな とか、楽天のホームゲームで今年も開催されたサンマ祭りが懐かしくて気になったり(※去年の日記参照)、この特別な日を何か特別に過ごそうかとも思ったのですが、結局家で普通に散歩したりゴロゴロしたりしてました。

今日は曇りで日射しも少なかったので、震災後初めて、海散歩のフルバージョン歩いてみました。
70cmも沈下してしまったという荷揚場付近は、ちょっと海面が近くなったように思えたし、崖が崩れて痛々しい傷痕が残る漁港側を通るのは、やっぱり胸が痛みます。
思い切って、今日はたくさん画像を載せようと、変わり果てた散歩道を片っ端から写メりながら歩いたのですが、復活したネットは相変わらずスピードが遅すぎて全く開けず、結局今日も携帯からの更新となってしまいました。なので画像は一枚だけ、うちの近くの線路です。津波が上がった水位まで、未だに痕が残っています。

散歩道、傷んだなぁというのと同時に、雑草が伸びたなぁという印象です。夏に伸び放題伸びて、それが枯れてきて、雑然と、人が居なくなったことを象徴してるみたいでした。今年は秋の切なさが倍になるかも(´`)


テレビでは、一日中(というかきのうから)震災関連の番組がこれでもか!!というくらいに放送されて、否応なしに3月11日のことが思い出されます。『私たちが見たのもあの火事かな??』『このときはまだこうだったね』
と、テレビを見られなかったあの当時のことを、今テレビで振り返りながら答え合わせしてるみたいな一日でした。

取材を受けているのは見知らぬ人たちですが、聞き覚えのある訛りと共通の経験を語る姿が、みなさん他人とは思えません。
検証番組の中で、津波が迫る中逃げ延びて九死に一生を得たという方が、『あのときは涙なんて出なかった』と言って、何もなくなった町を前に涙を浮かべていたのが印象的でした。確かに私も、惨状を目の当たりにしても涙は出なかったなぁと思い出したのです。
私は普段泣き虫ですが、震災そのものに関しては意外と泣くテンションに落ちなくて、そういうものなのか… と、ぼんやり思ったのを覚えています。
その代わり、数日後に上司が私を心配してわざわざ訪ねて来てくれたときに、ありがたすぎて号泣しました。それから、ラジオから次々に流れるリクエスト曲の、励ましや応援の歌詞を聴いて泣き、友だちからのメールや手紙に泣きました。
涙が出ることが 感情が動くバロメーター的なものだとしたら、それは 怖くて辛いときよりも、人の心に触れたときに大きく針が振れるんだと思いました。半年間、ずっとそうでした。

長くて短かったこの半年間、全国・全世界からいただいた たくさんの温かい気持ちに、心から感謝します。本当にありがとうございます。

けれど、たった半年では何も終わっていないのが実情で、きっと本当に泣きたいことがあるのもこれからなんだと思います。
イベントも特集番組も、節目だからどうとかじゃなく、これからも途切れずにずっと被災地=復興地の『現在』を伝えていってほしいな と思います。
そしてその度に、ここに居る私たちの発信するものがどんどん前向きになっていられたらなお良し!!
私もがんばろう。うん。


余談ですが、今日はベガルタも楽天も勝ってくれました!こういうの、とてもうれしい!:゜・+。:*・'+,。ありがとう!
 
関連記事
スポンサーサイト

Comment

Comment form

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

大原彩

Author:大原彩
★WELCOME★
★COLORFULJAM★

カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
FC2カウンター
リンク
このブログをリンクに追加する
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。