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『日常』ってナンダロウ??

妹のアパートに行ってきました。今日は時間があったので、久しぶりに、超久しぶりに、ツィッターや友だちのブログなどをたくさん見ました。ネットをつなぐとすぐ携帯の充電が減るので、最近は自分の送ったブログがちゃんと更新されてるかロクに確認もしてませんでしたが、拍手をくれている方がいたりしてオロオロしました。今さらですが、読んでくれている人がいるんだなぁと思ったら、なんだか急に ありがたくなりました。
長い独り言を…いつも読んでくれているみなさん、本当にありがとうございます!

久しぶりにいろいろ見てみたブログの中に、うちの市とは別の被災地に住む知人のブログがあります。安否確認のつもりで見てみたのですが、いつの間にか震災の日からの日記を全部読んでしまいました。
彼らも、私と同じような経験をして 同じようなことを感じて 同じような生活をしていたようですが、『“この津波で180°考え方が変わった”というのは嫌だ』、というようなことが書いてあったのがとても印象に残りました。『津波なんかに人生変えられてたまるか』と。なるほど!

私は逆に、いろんな面で『この津波を機に…』と思っていました。反対の考え方だ。
どちらもアリだと思いますが、本当に、対峙の仕方は様々で人それぞれなんだなぁと思いました。10対0になるかと思うような、こんな大きな出来事なのにね。おもしろいなー。

『“被災者”じゃなく“復興者”』というのもいいなと思いました。もうみんな、とっくに前を向いているんですね。

それから とても些細なことなのですが、ツィッターのみんなのつぶやきを見ていたら、なんだかものすごく『日常』を感じて、ホッとしました。震災前は、私もどうでもいいことをつぶやいていたんだよなぁ。

しばらく携帯が使えなくなって、携帯が復旧しても電気がなくて、こういう状況では 正直『ツィッターなんて生きていくのに必要ないものだったのネ』とか思って、日常が全て復活しても もういらないかなとも思っていたのです。
でも、みなさんのたわいないつぶやきにクスクス笑ったり、震災の支援関連の話に感激したりしていたら、やっぱり電気が復旧したらまた私も毎日つぶやくのかもしれないと思いました。

今まで通りの生活が何もできなくなって、日常が超シンプルになった震災直後は、『こんなに何もなくても生きるのに困らないんだ…!』と思いました。何もなさすぎて欲しいものも特にありませんでした。
少しずつライフラインの復旧が進むにつれて、だんだん欲しいものや必要なものも変化して、人間らしいこと(笑)に気持ちが向いてきましたが、今自分が不便を感じているものは本当に必要なものなのかどうかがよくわからなくなりました。

今は今の毎日が『日常』になっているのに、震災前の全てを元通りにすることが『日常』を取り戻すことになるのかな??


なんだか取り止めがなさ過ぎてもう消去したくなってきましたが…(毎日こんなんですが)
“瓦礫の街”は日ごとに状況が変わります。こうして書いておかないと自分でも意識が追いつかなくなりそうなのです。

…もう寝ろってことかしら。
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