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2012年大晦日

今年も残すところあと数時間となりました。一年のあれやこれやを振り返ってちゃんと総まとめ的なブログを書きたいところでしたが、最後の最後までグダグダで、余裕のない大晦日です。ええ、まだ年賀状を出していません。というか出来上がってもいません。…まさにこの一年を表しているような年末です。

毎年毎年、同じようなことを思って反省して新しい一年に向けて気持ちを新たにして、でもまた同じ反省を抱えた年末を迎えて、その度に“ああ、成長ないな~”と思います。
けれど、一見変わらないように見えている状況も、通ってきた道が違えば全く同じではないはずで、振り出しに戻っているわけでは決してない(はずな)ので、いつか『いつの間にか変わってたんだな!』と実感できる日まで、ショボショボな毎日を積み重ねてがんばろうと思います。

と、書いていて今、昔々にそんな内容の詩(??)をもらったことを思い出しました。『いつかはきっとたどり着けるさ』って。『遠回りしているように見えても、まっすぐ進んでいるんだ』って。
時々思い出しては元気をもらっている大切な言葉です(´U`)

自分の目指す道はもちろんですが、まちの景色も、そうやって少しずつイメージする方向へ近付いて行ったらいいな と思います。
みなさんの毎日も(^-^)


今年もたくさんの方とご縁ができて、たくさんの方にお世話になりました。
当ブログ『★COLORFULJAM★』にも、『読んだよ』と言ってくださる方が新しく増えたりして、とても嬉しかったです。ありがとうございました!:゜・+。:*・'+,。
なかなか頻繁に更新できずにいますが、来年もコツコツ続けたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。

では、よいお年を!
(てか書いてる間に紅白も終盤!!ほんと締めまでコレだ…!)
 
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懐かしスクラップ



カセットテープを処分したときに外しておいたカセットレーベルたち。
録音してあるアルバムの内容に合わせて、用紙を選んだり フォントやレイアウトを考えたり シールを貼ったり。これを作るのが大好きだったので、テープは捨ててもレーベルだけは捨てずにスクラップブックに貼ってみました。

こうして改めて並べて見ると、取っておくほど上出来なわけでもない気もしてきますが… 何というか、思い入れの問題です。

MDのレーベルも、面積が小さいながら同じように凝っていたのでスクラップブックに取っておこうかなと思っていたんですが、MD自体を未だ処分できていないのでした。
使わなくなって久しいものをザクザクと処分できたら、それはそれは大掃除も断捨離もはかどるんだろうにな…。

今年は、噂の『人生がときめく片付けの魔法』に倣って私も部屋にあふれる物たちを捨てまくる決心をしていたのですが、
…順調にいったのは衣類だけでした。
手順通りに行くと次は本なのですが、基本的に本は捨てたくない派なのでそこで決心が鈍るのです。
でも今度こそは本棚にも着手しよう。来年。

こうやって今年の反省を片っ端から来年に丸投げする時期に(私的に)、今年もなりましたね。
年賀状は、えーと、何とか松の内にお届けできるようにがんばります(-_-;)(やっぱり…)。
 

メリークリスマス(でした)


クリスマスらしいものが周りに何もなかったので、冬のアイコン的な玄関のシクラメンを…(世話してるのは母ですがもちろん)

12月25日に『まわりにクリスマスらしいものが何もない』のもどうかと思いますね。今年はツリーも電飾も出さずじまいだった我が家ですが、みなさんは楽しいクリスマスを過ごされたでしょうか。

私は先週ひいた風邪が悪化して、三連休中は大人しく家で着膨ってました…(-_-)。とても楽しみにしていた予定も2つキャンセルすることになり、約束していた友だちにもとても申し訳なかったし自分も残念だったし、体調が微妙だったのでケーキも食べてないし、ついでに年賀状も終わってないし、なんだか散々です(+_+) (年賀状に関しては早く始めて早く終わらせておかなかった自分が悪いだけですが… 懲りないよね…)

でもおかげで体調は回復したので、慌ただしい年末年始も何とか乗り切れるんじゃないかと思います。よかった。

って言うのは年賀状ちゃんと描けてからにしよう。

風邪をひくと、昔は『休み期間てことにしよう~』と思ってのんきにしていたのですが、今は、やることが滞るし(それはいつもですが)テキパキ動けないし(それもいつもですが)かといって休んでても落ち着かないし イライラするばかりで、激しく自己嫌悪するようになりました…。
ほんと、体調とメンタルは連動します。
さっき職場で『来年の目標』を聞かれたのですが、…『風邪をひかない』にしようかな…

クリスマス寒波だとかいって一気にやってきた寒さが、まだまだ引かずに今夜もとても冷え込んでいます。みなさんもどうぞお身体には気をつけて
 

暦(一日遅れ)


ネットのみならずテレビでまで話題になっていたマヤ暦の予言ですが、ツイッターで『マヤの暦より日本の旧暦を見ようよ、今日は冬至です!』みたいに書いていた人がいて、『ほんとにな!!』と思いました。
夕方に地震があったときは『また金曜日か…!』と、一瞬嫌な緊張が起こりましたが、何事もなくて何よりです。


というわけで、冬至にちなんで&いただきもののかぼちゃがたくさんあったので かぼちゃプリンを作ってみました。
でも出来上がったのが夜の11時くらいで 結局『冬至』中に食べられていないという…。ちゃんと午前中からやれって話です。

肝心の出来は、表面の泡を取るのを面倒がったので見た目がちょっと微妙…。
そして味は、荒くつぶしたかぼちゃ(裏ごしサボっただけ)をたっぷり入れて砂糖を大幅に減らしたので、“かぼちゃプリン”というより“かぼちゃ”でした。かろうじてバニラエッセンスの風味。いいけど。


私はストレスがたまると甘いものに逃げそうになるので(ていうか間違いなく逃げるので)、これからは豆腐とかおからとかヨーグルトとかを使って、自分で低カロリーのお菓子を作ろうかなと ちょっと思い始めています。そして心おきなくがっつり食べるのです。
お菓子作りをするのはストレス解消にもなるのできっと一石二鳥になると思うのですが! それ自体が逃げかな!まいっかな!

作り慣れた焼き菓子以外を作るときは自分の手際の悪さにびっくりするので、やっぱり得意なことばかりじゃ成長がないよね と思います。何事もね。
 


『僕らの声』


先週の土曜日に、地元出身のシンガーソングライター・熊谷育美さんのコンサートに行ってきました(^-^)

熊谷育美さんのことは、このブログでも何度も(勝手に)書かせていただいているのですが、メジャーデビューしてからの地元でのソロコンサートは初めてだったそうで、会場の市民会館はほぼ満席でした!素晴らしいライブコンサートでした

私は今回、行けることになったのも直前だったし、なので一人だし、天気予報は雪だし、チケットを取るのにもだいぶ迷ったのですが、でもやっぱり行ってよかったです(´U`)
ていうか冒頭から泣きっぱなしだったので むしろ一人で行ってよかったと思いました…。マスカラが取れるとかを通り越して目がブサイクに腫れて、グッズ販売も見ずに顔を隠しながらダッシュで帰ってきました。もったいない…


育美さんの歌声は、色に例えるなら 深い青や 広がる翠や、もしくは鮮やかな紫色のよう。情感たっぷりで、空気を媒体として伝わるはずの“音”でありながら、水が流れるように―もしくは染み込むように伝わるそのイメージは、正に海の町で生まれ育った彼女自身を物語っているように思います。
私が普段好んでよく聴く YUKIやCharaのような、甘い毒を含んだキャンディみたいなカラフルな音楽とは、ちょっぴり違ったタイプなので、純粋に好みのど真ん中では、たぶんありません。安易に『ファン』と言うのも何かちょっと違う気がするし、同郷だから応援しているだけ というわけでもありません。

けれど

彼女の 芯から溢れるものを紡ぐように唄う姿は、いつも私を惹き付けるなぁと、今回久しぶりに生で歌を聴いて、改めて思いました。
彼女の、歌に対する思いや 故郷に対する愛や、大げさに言えば 日々感じたことを音楽というクリエーションに還元していく生き方に、私はどこか共感にも似た憧れを抱いているのかもしれません。
だからきっと、“ああ、育美が唄ってる”と思っただけで感極まってしまったんだと思います。

船の帰りを待つ という 港街ならではの想いを唄った曲、
震災後の海に想いを馳せて書いたという曲、
亡くなった大切な人への想いを込めた曲、
ここから立ち上がっていこうとする未来へ向けた曲、

故郷でのライブということもあっての選曲だったんだと思いますが、どの曲も、胸を打つものでした。

私が特に好きなのは(前にも書いたと思いますが)『雲の遥か』という曲です。“夢に向かう道の途中”を唄ったこの曲、初めて聴いたときから泣けたのですが、震災後に唯一の頼りだったラジオから聴こえてきたときは、また違った感慨で泣いたのを覚えています。
この曲が完成したのが 3.11のちょうど前日だったというのも何か因縁めいて、きっと、たくさんの傷付いた人々を励ますための偶然(=必然)だったんじゃないかなと思ってしまいます。
興味を持たれた方はぜひ聴いてみてください(^-^)


コンサートは、アンコールに地元の小中高校生やゲストのホヤぼーや(ゆるキャラグランプリでは大健闘の26位でした!)も登場しての大合唱で幕を閉じました。
コンサートのタイトルにもなっている『僕らの声』、明るい未来を見据えた前向きなラストナンバーに、育美さんやライブスタッフやその場に居たお客さんや、たくさんの人の思いが集約された気がして、とても素敵なコンサートでした(^_^)

コンサートが終わって外に出たら、予報通りガッツリ雪が降っていて 地元民の私ですら ギャッ!! てなったのですが、せっかく遠方から来てくれたお客さんたちが 市内のいろんなものを見て感じて帰ってくれていたらいいな と思います。前夜の地震・津波騒ぎで、ラジオ局主催の東京からのライブツアーが中止になってしまったそうでとても残念だったので(´`)、せめて来てくれた方たちだけでも…


…とかそんなことを考えていると、『コンサートの話』も『復興の話』に繋がりますね。
育美さんの想いがそうして広がるのと同じように、たくさんの人が“一見関係ないことでも繋がって広がること”を続けていけたらいいなと思います。
もちろん私も…!
 


21回目。

12月のタスクリストが何一つ片付かないうちに、今月もあっという間に10日経ってしまいました。21回目の、『11日』です。

先日の地震&津波の余波がまだそこら中に漂っている感じですが、3.11のときのことを思い出さずにいられなかったという方も多いのではないかと思います。
超沿岸に住む私を心配してくれた友人・知人から、メールやツイッターなどでたくさんメッセージをいただきました。みんな温かい… ありがとうございました。


地震発生時は、私は仕事中でした。地震の揺れによる被害は全くありませんでしたが、ワンセグで宮城県沿岸に津波警報が出ているのを確認したので、すぐにその場に居た全員で避難しました。

奇しくもあの日と同じ金曜日、跡形もなく流された元の場所から 安全な側に少し離れた場所に再建された現職場ではありますが、あのサイレンが鳴ると、否が応でも緊張感が高まります。

避難場所は、周辺で一番小高い丘(と言っても農道の脇道沿いのただの荒れた空き地)でした。正直、『え?ここ??』と思いましたが、間もなく、下校前だった中学生や先生方、お迎えの保護者などでいっぱいになりました。そこはちゃんとみんなで確認済みなんだなぁとちょっぴり感心すると同時に、自分の認識の低さも実感しました…。自分の住んでいる地域(★浜)については避難場所をチェックできていても、それ以外の地域のこととなると全然わからないものだな…。それもどうなんでしょう…。

その後、近くのコミュニティーセンターから非常用の毛布が届けられ、誰かが大音量でかけていたラジオと手元のワンセグで情報を確認しながら、しばらくその空き地で過ごしました。

周辺道路は次第に車が増え始め、あっという間に脇道まで車で埋まった状態で動かなくなりました。
後で聞いた話では、3.11のときに甚大な被害のあった国道が閉鎖され、迂回しようと山側に入った車が農道に溢れたんだそうです。ちょうど帰宅ラッシュ&お迎えラッシュの時間でもありました。

車があまりにも動かないので、路肩や店先などに駐車してそこから徒歩で避難場所まで子どもをお迎えに来たお母さん方もいたし、避難場所の目の前で渋滞する車中の人と情報交換する方もいました。

少しして、私は近くのコミュニティーセンターまで戻って警報が解除されるまで待機させていただき、子どもたちは学校の先生に引率されて公民館へ移ったそうで、何事もなく事態が治まって本当にほっとしました。けれど、精神的にはなんだかとっても疲れました(+_+)

警報が解除されてからは渋滞も解消したようですが、教訓て生かされないなぁ~と思ってしまいました。いや、それ以前の問題なのかな??
安全に行動しようにも、危険な海沿いの国道を迂回するための道が無いのではどうしようもありません。基幹農道を広く整備するとか、獣道のような山道を“道路”にしてそれにつなげるとか、あのとき切実に必要性を感じたのに今も手付かずのままなことが、とても歯がゆく思えました。
ていうか実際は、壊れたところ傷んだところを『直す』のに精一杯で、まだまだそこまでは手が回っていないのかもしれません。

今回の地震&津波は、もしかしたらそんな途中経過の確認だったんじゃないかしら とか思ってしまいます…。復旧・復興面のみならず、防災や危機管理の意識という面でも、自分も実際に避難してみて初めてわかることがあるなぁと思ったのです。


今回の警報では津波の予想は1mだったので、普通に考えれば学校もうちの職場も全然大丈夫なのですが、そうは思っていても、避難中は気持ちが落ち着きません。
自宅や家族や大切な人たちのことは気にかかるし、自分が寒くても不安でも 子どもたちが大勢居たら大人はしっかりしなきゃいけないんだろうなと思うし、けれど正直 安全確認のメドが経つまではどうしたらいいかもわからないのです。何が正しいかを瞬時に判断するのはとても難しいと思いました。

シリアスの度合いは全然違うけれど、3月11日、たくさんの人がこんな思いをしたんだろうなぁと、疑似体験させてもらった感じがします。(もちろん大きな被害が無かったからこんなのんきなことを言えるのですが)


それから、印象的だったのが、一緒に避難した子どもたちの反応でした。

地震直後のサイレンに、『マジこの音トラウマなんだけど!!』と言っていた子。
避難中に、『また全部流されたらやだなぁ』と ぽそりと呟いた子。
避難場所にゲームを持ってきて、『だって買ったばっかで流されたらヤだし!(笑)』と言っていた子。
毛布にくるまってキャッキャ言いながら、『あのときみたいだね~雪降って寒かったよね~』と言っていた子たち。

どれも何気ないトーンで話された日常の延長の言葉なのですが、だからこそ、『被災』や『防災』がこの子たちの日常の中にあるんだ・あったんだなぁと思いました。それも組み込まれての、彼ら・彼女らの『普通』が出来ていくのです。


『震災』は 過ぎたことではなく、むしろ終わってすらいません。大きな“非日常”を経験したこの地の人たちが、その痛みを内包して前を向いて行くこの先に、これ以上、その足元を挫くような災いがどうか起こりませんように と、祈らずにいられません。
余震も予言も穏やかに治まってくれますように。


…えーと、

真面目なことを書こうとすると上手くまとめられなくていつもこんな長文になってしまうのですが…
最後まで読んでくださった方、ありがとうございます
話をコンパクトにまとめる練習しておきます(-_-;)


タイムリーに、防災や復興に関しての明るい話にも最近出会ったのですが、それはまた今度(^_^;)
 
プロフィール

Author:大原彩
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