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今日は秋なの??


ゆうべ久しぶりに夜更かししたのですが、寝付くか寝付かないかの時間帯に余震があって一端目が覚め(いつもは寝てる間の地震は気付きません)、変な睡眠になってしまって今日はずっと眠かったです。天気もそれを煽るようなどんより曇り空。散歩するには日が出ていない方がいいのですが、それにしても寒くて ロンTにパーカーはおりました。
今年は暑さが異様な早さでやってきたけれど、また異様な早さで去っていくのかな。全体的にお天気おかしくないですか??
新潟と福島の豪雨・洪水被害は、少しでも落ち着いたのでしょうか。

台風の時期によく見る洪水被害の映像、昔から 大変だなぁこわいなぁと思って見ていたんですが、津波の後、『でもあれは真水だからまだマシなんじゃ??』とか思ったことがありました。
でも今回のニュース映像を見たら、すみません、そんなの嘘でした。やっぱり洪水もこわい!(@_@) むしろ以前より、自然災害のニュース映像がリアルに感じられていたたまれないです(+_+)

道路が水没するのも停電するのも、東日本大震災だけで十分です。日本の一部分がこんなに弱っているんだから、せめて他の地域はみんな元気でいられる感じだったらいいのにな。お天気采配も空気読んでもらいたいものです!
サッカーだって、故障人が出てサブメンバーががんばってるときにまただれかケガしたらキツイのですよ!
ベガルタまたしてもスコアレスドローなのか!

何の話!


東北から撤退した自衛隊のみなさんは、今度は新潟・福島のみなさんのヒーローになるんですね。
でも、これ以上被害が広がらないことを祈るばかりです。


画像は、またまた散歩道で見つけたバラの花。この時期道端にお花が少ないので、見つけるとつい撮ってしまいます。なんか合成みたいなコントラストだな…。
★浜にも仮設住宅が建ったからか、海岸通りも車が増えました。知らない人がいっぱい通るようになると、うかつな格好で出られませんね。
 

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反省文と感謝状


宮城県内、各地で自衛隊の支援活動が終了していますが、うちの市でもついに、昨日で全ての活動が終了になりました。出発は早朝だったそうですが、セレモニーが行われた市民会館にも沿道にも、たくさんの市民が見送りに集まったそうです。
私も時間になったら道路に出て見送ろうと思っていたんですが、高速道路に向かって北上するルートだったので見送れませんでした(うちは南)。とても残念!(;_;)

震災から4ヶ月半、自衛隊の方々の支援には感謝してもしきれません。本当に、本当に本当にお世話になりました!ありがとうございました!:゜・+。:*・'+,。


3月15日、国防色のジープが何台も何台も目の前を通って★浜にやってきたときの物々しさを、今も鮮明に覚えています。坂の一番下、津波でぺしゃんこに潰れてしまった小川沿いのお宅から、その家のおじさんとおばさんの遺体を見つけてくれたときでした。
ご近所みんな、引いていく津波を見ながら、そのお宅が潰れてしまったことも ご夫婦が逃げて来ていないこともわかっていたのですが、誰も、怖くて降りて行けませんでした。現状すらわからない中で情報が錯綜して、まだまだ目の前のことで精一杯だった頃でした。
来たときと同じように、淡々と仕事をこなして一斉に帰って行くジープに、本当は一台一台お礼を言いたくて、でもそうもできず、お辞儀をして見送りました。

その日から、国防色は町の至る所で目に入ることになり、物々しさは安堵感に変わりました。

あの人がいないらしい。あそこで見つかったらしい。

あそこの道が塞がって迂回せざるを得ない。通れるようになった。道端が広くなった。ガードレールが付いた。

ヘリが頭上近くを飛んだ。間近に降りるのを見た。それが日常になった。

ヘリが来なくなった。代わりにジープがガンガン通るようになった。道路がつながったらしい。

配給のおにぎりを時々もらった。炊き出しが毎日定時になった。

時々給水車が来て、運が良ければ水がもらえた。一人2リットルもらえるようになった。給水箇所が増えて、いつでも自由に給水できるようになった。

水道の復旧はだいぶ遅れるらしかった。入浴支援が始まった。


状況は日々変わり、その全てに、自衛隊の方々の尽力がありました。
道路の修復工事なんて、素早すぎて私 壊れた状態の国道を見ていません。
震災後10日後くらいから炊き出しが始まったので、米不足や炊飯による水不足にも悩まずに済みました(食料不足だった地域のみなさん、ごめんなさい)
自衛隊の給水がなかったら、ヒ素騒ぎのあった沢水を、うちも飲料にしていたかもしれません。

『自衛隊ハンパねぇよね!』
と、誰に会ってもみんなが合い言葉のように口にしていたのですが、ハンパねぇじゃ済まないくらいハンパねぇんですが、私たちが感じている大きな感謝を、私の文章で表現しきれないことがとてももどかしいです。本当に素晴らしく大活躍だったのです!リアルヒーローでした!


今さらながら、隊員のみなさんと もっともっとお話しておけばよかったなぁと思います。
うちの市に来ていたのは、長崎や大分や鹿児島、熊本など、九州の方たちで、父は方言談義で盛り上がったりしていたようですが、私は(良い意味での)無駄話をあまりしませんでした。避難所に居たわけではないし、あまり接する機会もなかったのですが、でも何でもいいから話しかければ良かった。何でも、というか、ちゃんと直接お礼を言えば良かったです。失敗です。

それから、★浜の避難拠点に来てくれていた給水部隊の方たちが撤収してしまうときに渡そうと思って、ボードにイラストとメッセージを描いたのですが(画像)、結局すれ違いになってしまって渡すことができず、最後まで支援を続けてくださっていた入浴施設の方々に受け取っていただきました。
何度も交代していろいろなところからいろいろな部隊が来てくれていたので、本当は、交代の度に持ち帰ってもらえるように何度も描いて、常に避難所の事務所に置いて、みんなのメッセージボードの役目をさせてもらえばよかったと、後から思って後悔しました。これも失敗。
『私にできることは何だろう?』と、ずっと考えていたハズなのに、心残りがいっぱいです。


…そして、感情移入しすぎて長文になり、日付変わっちゃって撤収の日(7月30日)に更新できなかったというこの日記…。
どう考えても、この瞬発力の無さが後悔の原因だよね。私も自衛隊の方々の素早さを見習って(??)がんばります。


今度、…災害派遣において『今度』はあったら困るんですが、でも今度。自衛隊のみなさんには、今度は仕事じゃなく、いつか旅行や遊びでまたぜひここを訪れてもらいたいなと思います。『田舎に泊まろう』の再会スペシャルみたいに。そのときは、元気になった街を見てもらって、『あのときのみなさんの支援のおかげです!』と言いたいです。
そんな日が一日も早くやって来るといいな。
 


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