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5年目。

何度目もの11日を通り過ぎて、年始のご挨拶日記まで更新しそびれ、あっという間に2016年も3ヶ月が経ってしまいました。

60回目の、『11日』です。

毎年この時期は、町に取材の人が増え、テレビや新聞での特集も増え、自分の中でいつの間にか “日常” になりかけている “非日常の痕” を改めて見つめることも多くなります。

今日は久しぶりにブログを書こうと思って、5年前に震災後に書いていたブログを読み返していました。
遠くに住んでいる友だちが、『彩は離れたところにも友だちがいるから、発信した方が良いよ』みたいに言ってくれたこともあって  (&しばらく仕事もできずにヒマだったので) 、コマメに更新していたのですが、書いていてよかったと思いました。

その時その時に強く感じていたことや、考えを巡らせていたこと、自分に誓っていたこと。
忘れていたわけじゃないけれど、改めて、ハッとしたり、ドキリとしたり、不覚にも泣きそうになったり… 
なんだか 5年前の自分に恥じないように日々がんばらなくては…とか、思ってしまいました。


3月11日は、故人を悼むだけでなく、初心にかえるような 大切な一日です。
全部リセットされたように、ただ一日一日と向き合っていた時の、シンプルで前向きな気持ち。

その時だから思えたこと、あれから時間が経ったからわかること、『11日』に辛うじて細切れに思い出すんじゃなく、途切れないように繋いでいきたいと思いました。

震災から一年経ったときに、リンクを貼っておいた震災後の日記たち。ここにも貼っておこうと思います。

3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月
『11日』日記

『3月11日』は、実は『震災のあった日』ではなく『震災が始まった日』だと思うんですよね…。その後しばらく数ヶ月間は、みんな、今とは違う次元で生活していました。

とはいえ、私の『別次元』は、もっともっと大変な被災をした方々に比べれば、それもまた『別次元』のレベルなのですが。。。


今、家があって、お仕事があって、家族や友だちと笑って過ごせている幸せに、感謝します。
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4回目+1ヶ月。49回目。

またまたお久しぶりです。特に『11日日記』は、だいぶしばらく書かずにいてしまいました。

単純に ブログ自体の更新頻度も落ちているのですが、忙しくて時間がない という物理的の理由の他に、『11日』ということに特化して書くことが難しくなっていた というのも実はちょっぴりありました。

毎月11日に、『あぁ、そうか、今日は11日だな』と思います。そして、3.11のことや それに付随する様々なことを思います。

けれど、そう思うことすら含めて、いつの間にかそれは私の『日常』になっています。
毎月やってくる『11日』も、毎日何かしら目にする復興関連のニュースも、工事車両でいつも渋滞の通勤路も、全部、珍しくも何ともない、『今』の私の当たり前の毎日。

一つ一つのことに、ヒリヒリと胸が痛むことが段々と少なくなってきたような気がして、それは良いことなのか悪いことなのか、何だかモヤモヤした気持ちになっていたこともありました。
遠くにいる人だけでなく、ここにずっと住んでいる自分にも、もしかしたら『風化』は他人事じゃないのかもしれない と。

けれど、4回目の『3.11』が近付く頃に、メディアにもまた震災関連の話題が増えて、否が応でもモヤモヤと付き合う時間もまた増えて、その正体がちょっとわかったような気がしました。

忘れたいとか忘れたくないとか以前に、忘れられるものじゃないし、誰も忘れないと思うし。

街も家も元通りにはまだまだ程遠いけど、完全に元通りにすることだけが『復興』の目的じゃないし。

あれ以来 大変な思いでがんばってる人はたくさんいるけど、みんながみんな悲壮感に溢れているわけじゃないし。

上手く言えないけれど、

私たちが現段階まで取り戻した 今ある『日常』は、震災を経験したこと込みで出来上がってしまっているのです。
体の傷や歪みもいつか自分の一部になっていくように、震災の痛みが薄れることもきっと間違いじゃなくて、そういう沁み込み方なのかな と思うのです。
この感覚を何と呼ぶのか、名前なんてない時間の経ち方なのかもしれませんが、きっと『風化』とは違うんじゃないかなと。。。

失ったもの・忘れたくないものを思い出そうとするときに、懐かしさに辿り着く前に一旦通らなければいけない痛みや悲しみがあります。
それを前に、みんながみんな、痛みで立ち止まって泣きたいわけじゃないと思うのです。
痛みに触れてもケロリと平気な状態になりたいわけでもない。
痛みを感じても、それも『今』の一部として、ちゃんと内包して、ちゃんと前に進めるように、強くなれたらいいなと思います。
人も、街も。私も。



本当は、4回目の『3.11』に更新しようと思って書いていた記事でした。
気持ちがいつも慌ただしく まとまらないのは 一月経っても… いや、きっと震災前も 今も 変わらない。。。

自分のキャパの小ささを思い知る毎日に、前に進むことの難しさを実感しています。


広がった間口から取り込まれたいろいろなものが、散らばり ぶつかり、うまく混じりきる前のドロドロ飽和状態。いつかきれいなオリジナルマーブルに落ち着けるように、少しずつ良い配合を見つけている途中なんだと思います。
そんな『通り道』を、ちゃんと笑って思い出せる日が来るように、がんばる街に思いを重ねる、49回目の『11日』。

静かな雨に包まれる一日でした。



…私もがんばろ。


40、41、とんで42回目。

大変大変ご無沙汰をしております。まさかの3ヶ月ぶりの更新です。
日常が何かと濃くなる夏の3ヶ月をまるっとサボってしまったので、今さらまとめ日記を書く気にもなりませんが、元気でした。そして元気です。
あまりにも更新がないので心配してくれた友人知人のみなさん、心配かけてごめんなさい(+_+)。ありがとうございます!


前回の更新の後、6月末から、新たに仕事を一つ始めました (転職ではなく、増やしました!) 。
何年も前からいろいろと考えていたけれど なかなか一歩が踏み出せずにいたことなのに、思い立ってから二週間で新生活がスタートしました。

W杯期間中 ( =頼まれなくても早起き )
だったので、早起きする習慣を始めるには今しかない!と思ったのが良かったのかな!!✨

というのは言い過ぎですが(^∀^;)

でも本当に、いくつかの幸運やタイミングが上手く重なって、作り話のようなトントン拍子にことが進むときって、本当にあるものなんだな~と、自分のことなのに変に感心してしまったのでした。

生活リズムや環境が変わって、自分が今まで いかに停滞していたかに気付かされました。体や気持ち というシンプルなことじゃなく、行動範囲や思考回路などまでも、知らず知らずのうちに可動範囲が狭まっていた気がします。

そして当然のことですが、自分が動けばまわりの流れも変わるのです。

新しい出会いがあったり、逆に 今までの居場所の大切さに気付いたり。自分の知らない自分に出会うことも 新鮮でとても楽しくて、そして やっぱり譲れない芯の部分を再確認できたりもして。

その代わりに 時間が足りなくなってほったらかしになってしまっているものもあるのですが(+_+)、それをせずにいることへの強迫観念みたいなものはむしろ薄れたので、動いてみなければわからないことってあるんだなぁと、改めて実感しています。
そのうちやろう。と思うことが、楽しみでもあります(^^)


新しい職場は、この街の象徴でもある港を眼の前に、たくさんの人が集まる場所です。

そんな場所だからこそ、“ 知り合いに遭遇 ” 率がハンパなく...!
実は自分自身も、この3年間でものすごくたくさんの人に出会えていたことに気付きました。
『出会い』はどんどん『繋がり』になっていくのですね!嬉しい発見でした。


ここに集まる

海で仕事をする人たち、
復興事業に関わる人たち、
観光でここを訪れる人たち、
ボランティアやNPOの活動でこの街と繋がりのできた人たち、
被災に負けずに とっくに走り出している人たち、
地元で何か面白いことを始めようとする人たち、
遠くの街から帰省中の人たち、

もちろん、特別な人たちだけでなく
いつもこの街で暮らす“普通の”人たちも

誰かと誰かが再会して笑顔になったり、
始めましての人たちが意見を交わし合っていたり。

きっとここは、『復興していく街の元気な部分』の ど真ん中なのです!


日々、様々な方面でがんばる人たちとの出会いと、大島へ渡る定期船が行き来する港町自慢の光景、魚市場や復興商店街を間近に、潮風の匂いや湿気も肌で感じながら、この街のおいしいところを全部取りみたいな素敵な環境で働けることを、とても幸せに思います。

同時に、毎日 かさ上げ工事真っ最中の埃にまみれた道路と デコボコなままの駐車場を通らなければいけないことや、壊れたままの建物や雑然とした空き地が並ぶ裏通りを必ず目にすることで、この街が置かれている厳しい状況からも、目をそらさずにいられる気がします。


願わくば、この美しい港の風景を、無機質な防潮堤で台無しにしてしまわずに済みますように。
安全な道路と避難道が整備されますように。
仮設店舗の商店街が、腰を据えて営業できる日が早くやってきますように。
魚も人も、元通りに戻ってきますように。
震災からの復興を糧に、以前よりも元気な街になりますように。

ここに住む人たちが、それを望んで実現しようと前向きにがんばっていられるような、そんな街になりますように。

今まで以上に、そんな思いを身近に強く感じる あれから3年半の日。42回目の 11日です。

39回目。

またしても広告が出てしまうほどにご無沙汰してしまいました。常に書きそびれて『まとめて更新します』とか言いながらもはや月イチペース...!
相変わらずの有限不実行ですみません(+_+)

こんな状態でも覗きに来てくださっている方々、ありがとうございます。





港近くにできたカフェに行ってきました。
世界の渡辺謙!!さん プロデュース ということで、メディアにも何度も取り上げられているお店です。地元なのに初めて行きました。
元同僚がスタッフさんとして働いているというのを聞いて 一度行ってみようと思っていたのです。ちょうど会えてよかった!(^^)


噂に違わぬ、小洒落た素敵カフェでした*・゜゚・*:.。..。.:*・'( ´ ▽ ` )


今日はあいにくの雨模様でしたが、カフェの大きな窓からは “いかにも港町!” な景色が見られます。せっかくの素敵なお店なので、この辺り一帯がもっと広く大きな素敵エリアになると良いのにな。地元の自慢の水産物が買えるお店や 見晴らしの良いホテルなども徒歩圏内にあるんだし!
なんて思いながら帰ってきました。

震災前から、港の目の前に素敵なカフェやレストランなどが建ち並ぶエリアがあったらいいのにな~と、ずっと思っていました。
港の風景や、市場の賑わいや、美味しい海の幸や。地元にあるたくさんの宝物を存分に生かせるようなまちづくりが進められたらいいのに と。

今、あまり幸せじゃない理由で知名度の上がってしまったこの町ですが、こんな風に むしろそれを逆手に取って、震災前以上に『再興』していくとこもできるんじゃないかな と思います。
また “甘い!” と言われそうですが...

今日行った謙さんのお店以外にも、震災後のここ数年で、街に新しいカフェが何軒か増えました。『市内にカフェは3軒 (※私の行動範囲に) 』という状態が何年も続いていた (それでもその3軒が出来て嬉しかった!) この町で、一年やそこらで一気に4軒も増えた (※私の行動範囲に) ということはちょっとしたニュースです!

音楽好きのマスターが実家に帰省して開いたというおしゃれなカフェ&バー
センスの良い雑貨と素朴な焼き菓子を揃えたまったりカフェ
いつも賑やかに人が集っている山のカフェ(私はここにはまだ行ったことがないのですが)
毎日謙さんの手書きのメッセージが更新される眺めの良いカフェ

どのお店もとても素敵で居心地の良いお店です。
今はきっと、“大切な人たちと一緒に集まって楽しい時間を過ごす場所” が必要とされているんじゃないかな と思います。

別に、みんながみんな震災をキッカケに開店したお店ではないとは思うのですが、そしてカフェに限ったことでもないのですが、どんな状況でも自分の想いを形にして新しいことを始める人たちの存在は 幸せの兆しです。まちが元気になっていく大きなソースだと思います。

震災を経験して、いろいろなことを経て状況が変化して行く中で、それでも道を失わない人たち。そして新しい道を見つける人たち。
瓦礫と一緒に埋れていた道が片付いて、フラットになったところから 立て直すタイミングに、3年経った今だから見えてくること・わかってくることもきっとあるのです。

いろいろな経験をして、いろいろな人たちと出会って、縁が繋がって。建物や道路や産業だけじゃない、気持ちが動き出すことも また『復興』だと思います。

進まないことを思う度、新しいものに出会う度、自分の中のザワザワする部分。

私もちゃんと向き合わなくてはいけないなと... ザワザワ と ドキドキ が行き来した、39回目の『11日』。梅雨空の一日でした。


38回目。

ブログの更新がお久しぶりすぎて広告が出てしまいました。すみません。
38回目の『11日』は、肌寒かった去年の5月とは打って変わって、爽やかによく晴れた 気持ち良い初夏の始まりでした(^ ^)


家の近所の菜の花畑!

先月末からGW付近にかけて、風邪をひいたり出かけてばかりいたりでしばらく散歩をサボっていたので、超ご近所にこんな菜の花畑が出現していたことに気づきませんでした。びっくりした!

震災後、全国各地のみならず海外からも、様々な形でボランティア支援をいただきましたが、その中に、木や花を植えるという運動もたくさんありました。
この畑は、震災の年にはヒマワリでいっぱいでした。外国人ボランティアさんたちと地域の人たちとが一緒になって、炎天下の中 畑を耕して種を植えたのを覚えています。
畑の向こう側 (写真では左側) は 線路を辿って津波が迫ったところなので、その斜面を下る際のところには 鎮魂の桜も植えられました。

そして 今 満開に咲いているこの菜の花も、ご縁のあるところからいただいた種を蒔いて育ったものだそうです。菜の花の季節はもう終わりかと思ってちょっと残念に思っていたのですが、無事にたくさん咲いてよかったな!✨



我が家の畑にも、いただいたチューリップが華やかです (もう散りそうだけど...!)


そしてここの花壇のチューリップも、支援でいただいたもの。



新・★浜マリンセンターの花壇です(^ ^)

そもそもマリンセンターはそれ自体が大きな支援をいただいて建てられているので、


ガラス作家さん手作りの看板や


浜ならではの遊び心など



こだわりいっぱい感謝いっぱいの、★浜の象徴的な場所です。



碑の前に立って 丘の下に望む海は、穏やかな優しい顔をしていました。とても気持ち良い眺めです。
でも 海を見てシリアスな気持ちにならないといけないような気持ちも、どこかにあって。。。( ´ _ ` )
そう思う自分も不自然なのかなと思って、ちょっと変な感じです。

だいぶ普通の毎日を過ごせているのに いつまでも『被災地』とか『被災者』とか言ってるのも変だし、
でも地域としての大きなカテゴリで考えると『通常』とか『完全復活』とかには全くほど遠いし、
毎日それなりに楽しいのに『震災のことを忘れない』とかわざわざ意識をそこに置くようにするのも変だし、
かと言って忘れたいわけでは決してないんだけれど...

やっぱりうまく言えませんが...(>_<)





“ 空がきれいで、海がきれいで、花がたくさん咲いて、きれいで、ただそれだけでわくわく嬉しくなる ”
シンプルに、それで完結できるような、それに付随する余計なことが気にならなくなるには、まだもう少し時間が必要なのかもしれません。

ささやかで贅沢な幸せを、みんなが素直に感じられるように 早くなるといいな。



37回目。



先月の11日、『ストーリー311』の続編が発売されました。
前作が出たときも紹介させていただいたのですが、
今回も 執筆作家さんが実際に現地に赴いて取材したそうで、作家さんが実際に触れた “ ストーリー ” は、それを手にする私たち読者にも、間近なものとして伝わります。
多くの読者さんがそうだったように、私も ( 今回も ) 泣きながら読みました。

共感するのは、自分がこの本の中に出てくる『現地』に近いところ (というかほぼ現地) に住んでいるせいも もちろんあると思うのですが、この本に関わっている作家さんたちやスタッフさんたちの想いがダイレクトに伝わってくるから なんだと思います。

『311』と一括りにしてしまうにはあまりにたくさんの、様々な場所に 様々な人に 様々な出来事や想いがあります。
その中の一つを切り取って8pの短編にまとめ上げることは、とても難しく そして勇気のいることだと思います。

けれど、作家さんそれぞれが その “ 難しくて大切なこと ” に真摯に向き合って描いてくれていることがとてもよくわかるので、『思いを寄せてくれている』ことへの感謝と、『プロの漫画家としての仕事』へのリスペクトで 涙が止まらないのです。

この『ストーリー311プロジェクト』は、『自分にできることは何だろう?』という思いから始まったそうです。
震災の頃、きっと多くの人がそういう思いでいたと思います。
今回の第二弾には、その思いの続き、実際にこの3年で自分にできることを行動に移してがんばっている方々の後日談的な物語も収録されていて、少しでも前向きな展開がとても嬉しかったです。


『自分にできることは何だろう?』

私も、何度も何度も考えていました。
...考えていたはずなのにな??

生活が元通りになるにつれ、あの頃みた
いな特別な焦燥感は薄れてしまいましたが、今からでも遅くないよな と、まだやれることはあるよな と、改めて思わせてくれる本でもありました。


... 余談ですが、
この本の発売に際して ひうらさとる先生、松田奈緒子先生、うめ先生のサイン会&トークショーが仙台で開催されると知りまして、3月11日の発売日から3月末まで買わずにガマンしていたのですが... (売り切れちゃって地元で買い逃しただけってのもありますが)
まんまと抽選に漏れてしまってサイン会には行けませんでした (T_T)
真剣に悔しかった...


そんなわけで (??)
小さい書店さんにはもう置いてないかもしれませんが、どこかで見かけたら、ぜひたくさんの人に手にとっていただきたいです。
震災が身近な出来事だった人にも、遠いところの出来事だった人にも、きっと何かが伝わると思います。



36回目のひとり言

3月11日。
今年も、この日のために各地で様々な催し物や記念行事が行われ、報道陣も一気に増えて、テレビの特集番組を追いきれない日々が続きます。
それを受けて、日頃から小さく行ったり来たりしている私の中のいろいろな気持ちも、一層大きくうねる毎日。


震災の特集は『できるだけ見たい、見なきゃ!』と思う。
見たくもない、とも思う。

現状をもっともっと報道してほしいと思う。
反面、報道されていることが全てだと思われたくない、とも思う。

地元の声を取り上げてもらえると嬉しい。
でも 必ずしも真意は伝わらないんだ、ということに愕然とする。

当時のことや今ある問題については、話したいことはいくらでもある。
でもそれは、デリケートなことで、正解はわからないもので、議論は見るのも辛い。

ドラマチックに加工できる悲劇ばかりを探されても困る。
でも私の考えが及ばないだけで、それも必要なことなのかもしれない。

3.11付近ばかり 急に、日常をワントーン下げる感じになるのも変かな と思う。
でも楽しく過ごせていることが申し訳なくなったりもする。


たくさんの矛盾。


知らない人に、たくさん見て知ってほしいと思う。
知らないくせに勝手なこと言うな、とも思ってしまう。

そのたび、『私もな』と思う。


私は、震災で家族を亡くしたわけでもなく、家を無くしたわけでもなく、だいぶ運の良かった側の住人だと思います。
私なんかよりもっとずっと『渦中』と呼ばれる状況の中にいる方々は、もっとずっと大きくて重たい心労があるんだろうと思います。

それでも、3.11を巡る様々な報道に (勝手に) 振り回されてしまう自分がいて、
何かの意見を持つこと、それを発信することに、一つ一つに慎重になったり、感情的になったり。
かと思えばそんな自分を疑問に思ったり。
非常に疲れます (勝手に) 。


3月11日は、自分の無力さや情けなさを痛感する日でもあるんだ と思いました。

3.11への思いから派生する様々な気持ちや衝動と 否応なく向き合わされること。
面倒なことはいつも、自分の感情でさえもスルーしがちな私にとって、それは『3月11日』の持つ もう一つの大きな意味でもあるのかもしれません。


36回目。

3.11の大震災から、今日で丸三年経ちました。
黙祷をした午後2時46分には、遅めの昼食を終えてダイニングに居ました。

前にも全く同じ状況で、ブログにも同じことを書いた気がします。3年前のあの日もそうでした。意図的でなく、偶然です。

“ もうすぐ出かけるし” と油断して薄着のままでいたことや、日の陰り具合とか、いつのまにか雪が舞ったりする寒さとか、そんなこともあの日と同じだったりして、ああ...『3月11日の2時46分』なんだなぁ と、しみじみ感じてしまいました。

改めて、亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
行方不明の方々が、一人でも多く、一日も早く、ご家族の元へ帰って来られますように。


今日の午前中に、大谷海岸近くで行われた植樹式に行ってきました。


海が広く一望できる丘の上。
よく晴れて、海と空の青がきれいで、風が強くて寒い。これも去年と同じでした。

丘の一画には、亡くなった方々を悼む鎮魂の碑とお地蔵さまが立てられています。ここに避難して亡くなられた方もたくさん居たそうで、今も 多くの方が 花を手向け 手を合わせる場所でもあり、鎮魂の桜も植えられています。

今日植樹されたのは、一本のケヤキの木。まだ細くてちょっと頼りない若い木ですが、時を経て少したくましく成長してくれたとき、ここはツリーハウスの基地になります。
『ほぼ日刊イトイ新聞』の糸井重里さんが中心となって立ち上げられた100のツリーハウスプロジェクト。ニュースや地元紙などでその存在を知ってはいましたが、まさかこれが私の地元にもやって来てくれるとは!✨
『トム・ソーヤ』に出てくるハックルベリーフィンの家のような、わんぱくな匂いのする木の上の (というか木と一体の) 冒険基地です。

プロジェクトは東北の地に100のツリーハウスを建設することを目指すそうで、ゴールまでは長い長い道のりになると思います。
でも 道のりが長いということは、『現在進行形』の時間が長くなるということでもあり、関わる人が長く関わってくれる、興味を持ってくれる人が長く注目してくれる、ということでもあります。
作る過程も、出来上がって遊び場になってからも、人や地域を繋ぐキッカケになってくれたらいいなと思います ( ´ v ` )



作業は 主に植木屋さんと東北ツリーハウス観光協会のみなさんとが中心になって進められましたが、地元の人たちも含めたその場に居たみんなで、少しずつ土をかけました。



寿命の長いケヤキの木。
いつか大きな主のような大木になって、シンボルツリーとして人がたくさん集まる場所になってくれることを願って。
そしてその頃には、町も人も元気になっていることを願って。

ここから 海と町の復興を見守っていてほしいと思います。


35回目。

海洋館のレストランに行ってきました。

震災後、レストラン&結婚式場として営業再開していた地元の旅館・海洋館が、昨年秋に宿泊施設として復活しました。12月に結婚式の二次会で行ったときは夜だったので写真を撮って来れなかったのですが、今日はきれいに晴れて撮影日和✨



白い外観が青空に映えてとてもきれいでした'・*:.。. .。.:*・゜゚・*


レストランへのエントランス


エントランスから続く庭の向こうに 広く海が見えます。


もちろんレストラン内からも見えます。


テラスも素敵!


震災前、レストランがパン屋さんだった頃から、ここから見る大谷の海の景色が大好きでした。
新装開店後、ランチタイムの後もカフェとしてオープンしているみたいなので、また前みたいに、時々考えごとをしに行こうかなと思います♫( ´ v ` ) うれしいな💗💗




松の木が無くなってさらに見晴らしが良くなった海岸線に、
枕木の外された線路跡。
対岸に見える 防潮堤工事の重機。
少しずつ戻ってきた砂浜と、
高く積まれた土嚢の壁。
その上にさらに高く掲げられた『防潮堤ここまで』の指標。

全て含めての、『オーシャンビュー』。

週末に降り積もった雪が、
ちょっぴり哀しい傷痕を抱える海岸線と 穏やかな海とを、
白く 柔らかく つないで

春が待ち遠しくなる、35回目の『11日』です。

もうすぐ3年。

...まだそんなもん??

34回目。

天気予報通りの冷え込みとなったこの週末、34回目の『11日』は、陽がさしても気温が上がらないほどの 冷たい一日となりました 。


側溝も氷漬け。 (水ではなくツララです)

今日は★浜に新しく出来たコミュニティセンター (マリンセンター) から海岸へ下る道を歩いてみようと思っていたのですが、超寒かったのでめんどくさくなって(ー_ー;) 結局いつもの散歩道になりました。








海岸線の工事が大分進んで、法面がきれいになっていました。崖の工事はまだ真っ最中。
春になったらここに芝が生えて緑になって、また景色が変わるんだろうな。
もしかしたら震災前よりきれいになるのか??(+ v +)

願わくば、この海の見える景色が 防潮堤建設で失われてしまいませんように...


なんだか私 11日の度に防潮堤のことばっか言ってますね。他に言うことないのか という感じですが、目下いちばんの気がかりはやっぱりこれなのです。
震災関連の気がかりなんてもう思いつかない!というような状況に、早くなれば良いのにな。

いや、違うか。
『震災』はもう、それ単体のことではなく、そこからの復興とか そこからの出会いとか、あの日から繋がる全てのことがあっての今の『日常』なので、何も感慨がなくなるということはないのかもしれません。
特別じゃなく、日常に組み込まれて、良い意味での『ターニングポイント』と呼べる日が来るといいな と思います。

ていうか そんな海での寄り道や考えごとなんて、氷点下の海風相手にやることじゃないけどね...!!


あまりの寒さに 帰りは近道をして線路を帰ろうかと思いましたが、列車の走らなくなった線路は雑草が伸び放題伸びて、それらが枯れて、ガッサガサになって、人が入るのを阻むような 雑然としたスペースになってしまっていました。
(もともと線路は人が歩く場所ではないんですけども... )

きれいになっていく道、荒れていく道、隣り合わせの 散歩道です。


一月は一年で唯一、日が経つ速度が緩やかに思えます。仕事初めからまだ一週間も経ってない。
来月の11日は、もう春の気配を近くに感じていられるのかな。

不安だらけの毎日も、冷たい冬も、春が来るのを待ちわびて。
プロフィール

Author:大原彩
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